1 自賠責での「脳外傷による高次脳機能障害」
自賠責では「脳外傷による高次脳機能障害」という特殊な概念が用いられています。この概念は、自賠責保険における高次脳機能障害認定システム検討委員会の平成19年の報告書で多数回用いられ、平成23年の報告書で「脳外傷による高次脳機能障害」という独自の用語として強調されました。なお、『青い本』の「脳外傷による高次脳機能相談マニュアル」はこの報告書をもとに作成されています。
しかし、この報告書は自賠責の認定実務に対して法的な影響を持つことができないものです。自賠法16条の3の「支払基準」(後遺障害の認定基準もこの中に含まれる)は、同条から委任を受けた告示により定められているところ、告示では後遺障害認定については労災基準を準用するとしています。これが法的根拠のある後遺障害認定基準です。
ところが、上記の報告書はこのような法的根拠を有しません。しかも、自賠責が労災と異なる独自の認定基準を用いることは労災基準に準じるとした上記の告示に明確に違反します。
従って、自賠責が「脳外傷による高次脳機能障害」という枠組みで判断することや、労災では必要とされない事故後の意識障害を要求することを正当化する法的根拠はなく、むしろ労災と異なる認定基準を用いることは自賠法16条の3に基づく告示に明確に違反します。
2 自賠責の「脳外傷による高次脳機能障害」の特殊な理屈
誤解している人が非常に多いと思いますが、自賠責では「脳外傷による高次脳機能障害」であるかを認定しているのであって、「(行政または医学の)高次脳機能障害であるか」は認定していません。
つまり、自賠責で(行政の)高次脳機能障害を否定する認定は、「被害者に高次脳機能障害が存在するかどうかはともかくとして、それは『脳外傷による高次脳機能障害』には該当しません」との理屈になっています。この部分は技巧的・欺瞞的であるため、誤解している人が非常に多いと思います。実際にも多くの裁判例が入れ食い状態で騙されています。
3 訴訟でのさらなる誤解
裁判例では上記の理屈をもとにさらなる誤解を付け加えて「高次脳機能障害を発症したとは認められない」とし、「高次脳機能障害を発症していなければ、その症状は生じないはずである」とし、具体的な被害者の症状を認定しないまま、後遺障害該当性を否定するものが多く存在します。
この理屈の構造にはいくつもの誤りが存在します。例えば、①「発症」の用語は誤り、②病名の検討により症状は左右されない、③労災・自賠責は診断の適否を判断しない、④自賠責では「高次脳機能障害」であるかどうかは判断せず、「脳外傷による高次脳機能障害」であるかどうかを判断している、⑤被害者の具体的症状を認定するのが正しい方法である、⑥被害者の具体的症状が「交通事故により生じるたぐいのもの」であれば、原則として因果関係が肯定される(加害者側が具体的他原因をあげて反論する必要がある)、⑦「高次脳機能障害であるかどうか」は認定する必要がない(被害者の具体的症状を認定して、それを金銭評価すれば足りる)。
これらの裁判例は騙すための理屈に完全に騙されたような感じがします。いわば「完落ち」の裁判例です。その裁判例が実務では大半を占めています。