1 労災の高次脳機能障害の枠組み
『労災補償 障害認定必携』(16版、平成28年3月)141頁以下によると、労災では「脳の障害」の項目のなかで「器質性の障害」と「非器質性の障害(非器質性精神障害)」と区分し、「器質性の障害」のなかで「高次脳機能障害」と「身体性機能障害」と区分しています。
(1)脳の障害
ア 器質性の障害
(ア)高次脳機能障害
(イ)身体性機能障害
イ 非器質性の障害(非器質性精神障害)
『必携』は「高次脳機能障害は脳の器質的変化に基づくものであることから、MRI、CT等によりその存在が認められることが必要となる。」(142頁)とします。
従って、MRI、CT等で器質的変化が確認できなければ、どれほど症状が重篤であっても(理屈上は蔓延性意識障害であっても)非器質性の障害(9級が上限)に分類されます。これは労災の枠組みが抱える構造的欠陥です。現実には画像所見が得られない高次脳機能の患者は多く存在します。
脳に損傷が生じてもその損傷は必ずしもMRIやCTには映りません。損傷を受けた脳組織は液化して消失することもあり、事故直後に映っていたものがその後に消失している事例も多くあります。しかし、裁判例では後日の画像に映っていないことを理由に初期の画像を否定して「画像所見がない」としたものも存在します。また、裁判例では従来のタイプのMRIやCT以外の新しい技術による画像所見等を認めない傾向もあります。
2 労災や自賠責では診断の適否を検討しません
労災や自賠責では診断が正しいかどうかを検討しません。労災の認定担当者(非医師)が診断の適否を検討して、診断が正しいかどうかの判断をすることは、医師法17条の「医業」を行なったものとして犯罪を構成するからです。
仮に労災の認定担当者が医師であるとしても、患者を診察せずに診断することは医師法20条に違反します。後遺障害認定に際して認定担当者が医師のアドバイスを受けたとしても診断の適否を判断できません。医師のアドバイスを受けても看護師が患者を診断することはできないのと同じです。
なお、労災のRSDの3要件が診断基準であると誤解されることも多いのですが、労災では被災者がRSDまたはカウザルギーであるかどうかを判断しません。RSDの3要件はカウザルギーと同様に扱うための要件であり、診断基準ではありません。このことはRSDの3要件の記載そのものから明らかです。
3 労災・自賠責では「高次脳機能障害に該当するかどうか」を判断しません
上記のとおり、労災では診断が正しいかどうかを判断しません。そこで問題になるのが、「行政の高次脳機能障害」が行政の管理区分であるならば、その区分に該当するかどうかの判断は行政上の要件の判断であるとして、行政の担当者(労災の認定担当者)が判断しても良いのではないかということです。
しかし、実務では労災の認定担当者は被災者の症状が「行政の高次脳機能障害」に該当するかどうかを判断していないようです。労災では医師が高次脳機能障害の診断をしていることや、「行政の高次脳機能障害」があたかも医学的概念であるかのように扱われていることがその理由であるように見えます。
実際上の問題として、労災では診断書の傷病名に「高次脳機能障害」と記載された事案について、後遺障害該当性の判断がなされるところ、この医師の判断を行政の担当者が覆せるとすると「医業」を行なったものとして医師法17条に反する可能性が高いことも指摘できます。
一方で、労災の認定担当者は医師が高次脳機能障害と診断した被災者について、その後遺障害該当性と後遺障害等級を判断できます。つまり、医師が診断した「高次脳機能障害」を前提とするとしても、後遺障害等級が付与されるかどうかや、何級とされるかは別問題であるということです。
以上の点には微妙なところもあります。後遺障害認定を前提として診断した医師としては行政の管理区分を前提としてその診断基準(後遺障害認定基準)を満たすものとして診断しているとも考えられます。とすると、医師が認めた症状の存在を認めないことは医学的判断を否定する判断(これも医学的判断になります)をしたことになると考えられるからです。即ち、「後遺障害認定では後遺障害の程度や等級を判断しているので、これは医学的判断ではない」とする言い訳は通用しにくいのです。以上の事情から、労災では労災病院の医師の認めた症状をそのまま認める後遺障害認定がなされる傾向が強いと言えます。