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日本高次脳機能障害学会からの要望

1 日本高次脳機能障害学会からの要望

「医学の高次脳機能障害」に関連する法制度としては、例えば以下のものがあります。

 前記のとおり、「行政の高次脳機能障害」は失語症、失認症、失行症などの中核症状を除外している点で「医学の高次脳機能障害」とは決定的に異なります。2001年から厚生労働省は「高次脳機能障害支援モデル事業」という名の下に、「医学の高次脳機能障害」とは全く異なる概念の「高次脳機能障害」という行政上の用語を作り出しました。
 これに対して、ほぼ同時期に日本失語症学会は日本高次脳機能障害学会と名称を変えました。旧名称から明らかなように高次脳機能障害のなかでも失語症(失語症には多くの種類があります)を重視していました。
 外傷により生じる「医学の高次脳機能障害」の中には失語症も含まれていますが、なぜか「行政の高次脳機能障害」には失語症が含まれていません。失行症、失認証についても同様に含められていません。外傷によりこれらの症状を生じた被害者は労災や自賠責の手続では保護されません。
 『高次脳機能障害Q&A基礎編』(2011年)5頁には、「日本高次脳機能障害学会は、これらの問題点を指摘した意見書を、厚労省に繰り返し提出し、より適切な用語法の採用と、障害認定の公平化に対する配慮を要請してきたが、今日に至るまで、大きな発展は見られない。」と述べます。
 同頁では「一つの用語の背景に潜む長い歴史的展開を知ることなく、安易に用いられた用語が、どれほど無用な混乱を生じるものであるのか、それを如実に知らせてくれたのが、行政用語としての“高次脳機能障害”の誕生であったと思う」とも述べています。
 厚労省は医学の高次脳機能障害の中核部分ごっそりと除外した抜け殻の概念を用いて、労災や自賠責で保護すべき対象となる症状を極端に限定したのです。


2 「行政の高次脳機能障害」の企図

 「行政の高次脳機能障害」が「医学の高次脳機能障害」の概念を極限まで狭くした上で、労災では画像所見を要求することで保護される範囲をさらに狭くしています。さらに自賠責では受傷直後の意識障害が要求され、保護される範囲がさらに格段に狭くなっています。
 正しい方法では、「現実に被害者に生じている症状」を認定して、これを金銭的に評価して損害賠償額を認定します。その過程で「(医学の)高次脳機能障害であるかどうか」を判断する必要はありません。「行政の高次脳機能障害」の概念が作られる前にはこれが当然でした。被害者の具体的症状を認定して、その事実的損害を金銭評価するという単純な構造でした。
 「行政の高次脳機能障害」の概念は「現実に被害者に生じている症状」を具体的に認定することなく、その症状を否定するために作られた「騙しの道具」です。
 厚労省が2001年に高次脳機能障害モデル事業を始めた時点では、行政全般にわたる横断的なシステムの構築が意図されていたかのように公報されていました。しかし、実際には「行政の高次脳機能障害」の概念は労災と自賠責でのみ用いられています。
 しかも、自賠責の高次脳機能障害は労災とは異なり自賠責独自の要件の厳格化がなされています。もちろん、これは自賠法16条の3に違反しています。同条に基づく告示では労災基準を準用することは認められていますが、自賠責が独自に要件を厳格化することはできません。従って、責任者があいまいな「報告書」で自賠責が独自に高次脳機能障害の要件を厳格化することはできません。しかし、この指摘をする者は居ないようです。結局のところ交通事故で保護の対象となる被害者を最小とするために「行政の高次脳機能障害」の活動が始められたと言えます。
 なお、2001年時点ではこの事業の対象となっていたはずの、国民年金法の障害基礎年金(厚生年金保険法の障害厚生年金及び障害者手当も同じ)では、「高次脳機能障害」の説明で医学の高次脳機能障害の概念を用いること(失語、失行、失認を含むこと)を「障害認定基準」のなかで明記しています(ネットでダウンロードできます)。これは労災、自賠責で用いている「行政の高次脳機能障害」の概念を用いないことを公文書に明記したものです。


3 「行政の高次脳機能障害」が失語症等を除外した理由


  1.  「行政の高次脳機能障害」は厚労省が2001年に「高次脳機能障害モデル事業」という名のもとに、あたかも被害者を救済する目的があるかのような外形で大々的に進められた事業により生み出された概念です。しかし、その概念は「医学の高次脳機能障害」の中核を形成する失語、失認、失行やその関連概念をごっそりそぎ落とした抜け殻の概念でした。これに対して、上記のとおり日本高次脳機能障害学会が繰り返し抗議したにも関わらず、この抜け殻の概念が維持されてきました。
     さらに、事故を基点として生じた症状は特別の事情がない限り、外傷による器質的な原因により生じたものと推定されるにも関わらず、厚労省は画像所見がなければ「非器質的精神障害」とみなされるという制度設計として、保護されるべき被害者を切り捨てる制度設計としました。
     即ち、現に症状が存在することが疑いのない事案であっても、画像で異常が確認できなければ症状を認めないとする自賠責独自の考え方になっています。しかも、この画像は脳の異常を検知する能力に劣るレントゲンや単純MRIのみとされ、より詳しい検査であるSPECTやPETなどの諸画像は含まれないとする念の入れようです。

  2.  仮に労災や自賠責の高次脳機能障害が「医学の高次脳機能障害」と同じ概念であったならば、画像所見を求めることの不合理さはより明白になります。
     失語、失認、失行の具体的症状は脳の各部位の器質的障害に対応して生じるとされている(定説)ため、画像所見が得られなくとも、器質的障害が存在することに疑いがもたれることはありません。交通事故後にこれらの症状が生じたとなればなおさらです。従って、この場合には画像所見は必要ありません。
     そこで、労災では、失語、失認、失行などの具体的な症状を有する中核的部分を除外して、抽象的な概念としての「行政の高次脳機能障害」を導入して、それが器質的損傷に基づくものとするための要件として画像所見を重視する方向性に誘導したと言えます。さらに自賠責では「脳外傷による高次脳機能障害」という独自の概念を導入して、意識障害の要件を設定したのです。要するに、労災や自賠責で保護される被害者の範囲を最小にするための制度設計になっています。

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