1 CRPSでもウソ医学、ウソ理屈が多用されています。
「ウソ医学とウソ理屈」の項目で述べましたが、医学的争点が問題となる交通事故訴訟では、加害者側は多種多様の虚偽ないし根拠薄弱な医学的知見(以下では、ウソ医学といいます)、ウソ医学を支えるための特殊な誤った理屈(以下では、ウソ理屈といいます)を主張します。CRPSの事案もこの点は同じです。
ウソ医学やウソ理屈は加害者側の医学意見書で主張されることが多く、日々新しい虚偽主張が開発されています。実際にもこれに騙された裁判例が多数を占める状況となっています。以下では、CRPS事案でのウソ医学、ウソ理屈の一部について述べます。このほかにも多数のウソが述べられます。この点はブログでも書いています。
2 「高次脳機能障害」の二義性
労災や自賠責での「高次脳機能障害」は医学的な概念とは全く異なる概念です。これは最も基本的なことですが、法曹向けの著書でもこの点を詳細に解説している著書は存在しません。それどころか、この点に全く触れていない著書が多く存在します。そのため誤解している弁護士が大多数を占めます。以下では、労災や自賠責の後遺障害認定で用いられる概念を「行政の高次脳機能障害」とし、医学での概念を「医学の高次脳機能障害」と呼びます。
両者の最も大きな違いは医学の高次脳機能障害は失語症、失行症、失認証が中心となるのに対して、行政の高次脳機能障害はこれらの中核部分が全部除外されていることです。失語症には失語、失読、失書など様々なものがあり、失行症や失認証の中にもさまざまな類型の具体的症状が存在します。これらの具体的症状や関連疾患などが行政の高次脳機能障害からは抜け落ちています。
その結果、行政の高次脳機能障害には具体的な固有の症状で述べられるものが存在しません。医学の高次脳機能障害の中核部分がごっそり抜け落ちた「抜け殻」が行政の高次脳機能障害です。医学の高次脳機能障害の症状(失語症、失行症、失認症)は外傷によっても生じます。従って行政の高次脳機能障害の概念が医学での概念に比べて極端に狭いことは、膨大な数の後遺障害の認定洩れを導くことになる極めて重大な誤りです。
3 裁判所は「行政の高次脳機能障害」を検討する必要はない
裁判所は自賠責の後遺障害認定基準には法的に拘束されません(最高裁判例)。裁判所は被害者に適切な損害賠償をするために最も適切と考えられる方法で事案を検討しなければなりません。裁判所は「被害者の具体的症状」を認定し、これを金銭評価すれば足ります。裁判所は、被害者が(医学または行政の)高次脳機能障害であるのかどうかを認定する必要もありません。
これに対して、加害者側(損保側)は、①「行政の高次脳機能障害の要件」を検討するように仕向け、②「自賠責独自の要件」を検討するように仕向け、③裁判所が「被害者の具体的症状」を認定しないように仕向けます
裁判例では「実際に被害者にどのような症状が存在するのか」を認定せず、「脳外傷による高次脳機能障害」に当たらないとして、後遺障害の存在や事故との因果関係を否定しているものが多く存在します。この誤った構造には加害者(損保)だけではなく、厚労省も加わっています。
厚労省はCRPS(RSD,カウザルギー)についても平成15年の認定基準の改正でいわゆる「RSDの3要件」を設定しています。この「RSDの3要件」は現実のRSDの患者のほぼ全てがこの要件を満たさない基準です。これにより賠償が極小となる被害者は膨大な数に上ります。実際にも1億円ほどの損害賠償となる重症事例でも1000万円以下の賠償となってしまった裁判例が多数存在します。その多くを私のブログで解説してきました。
これは厚労省の事件としては薬害エイズ事件やC型肝炎事件よりもはるかに大きなものであると思います。厚労省はこのように交通事故で損保側に極端に有利な制度設計に積極的に加わってきました。その一つが「行政の高次脳機能障害」です。