<CRPS判定指標(臨床用)>
(感度82.6%、特異度78.8%)
- 病期のいずれかの時期に、以下の自覚症状のうち2項目以上該当すること。ただし、それぞれの項目内のいずれかの症状を満たせばよい。
- 皮膚・爪・毛のうちいずれかに萎縮性変化
- 関節可動域制限
- 持続性ないしは不釣合いな痛み、しびれたような針で刺すような痛み(患者が自発的に述べる)、知覚過敏
- 発汗の亢進ないしは低下
- 浮腫
- 診察時において、以下の他覚所見の項目を2項目以上該当すること。
- 皮膚・爪・毛のうちいずれかに萎縮性変化
- 関節可動域制限
- アロディニア(触刺激ないしは熱刺激による)ないしは痛覚過敏(ピンプリック)
- 発汗の亢進ないしは低下
- 浮腫
<CRPS判定指標(研究用)>
(感度59%、特異度91.8%)
- 病期のいずれかの時期に、以下の自覚症状のうち3項目以上該当すること。ただし、それぞれの項目内のいずれかの症状を満たせばよい。
- 皮膚・爪・毛のうちいずれかに萎縮性変化
- 関節可動域制限
- 持続性ないしは不釣合いな痛み、しびれたような針で刺すような痛み(患者が自発的に述べる)、知覚過敏
- 発汗の亢進ないしは低下
- 浮腫
- 診察時において、以下の他覚所見の項目を2項目以上該当すること。
- 皮膚・爪・毛のうちいずれかに萎縮性変化
- 関節可動域制限
- アロディニア(触刺激ないしは熱刺激による)ないしは痛覚過敏(ピンプリック)
- 発汗の亢進ないしは低下
- 浮腫
※但し書き1:1994年のIASP(国際疼痛学会)のCRPS診断基準を満たし、複数の専門医がCRPSと分類することを妥当と判断した患者群と四肢の痛みを有するCRPS以外の患者とを弁別する指標である。臨床用判定指標を用いることにより感度82.6%、特異度78.8%で判定でき、研究用判定指標により感度59%、特異度91.8%で判定できる。
※但し書き2:臨床用判定指標は、治療方針の決定、専門施設への照会判断などに使用されることを目的として作成した。治療法の有効性の評価など、均一な患者群を対象とすることが望まれる場合には、研究用判定指標を採用されたい。
外傷歴がある患者の遷延する症状がCRPSによるものであるかを判断する状況(補償や訴訟など)で使用するべきでない。
また、重症度・後遺障害の有無の判定指標ではない。
1 感度と特異度
判定指標には感度と特異度の数値が記載されています。感度とは対象疾患の患者がその検査で陽性となる度合いで、特異度とは対象疾患の患者ではない人がその検査で陰性となる度合いです。
なお、検査を受ける母集団の均一性が担保されていないと判定指標の感度・特異度の数値は意味がありません。母集団ごとに数値が異なるからです。この点は次に述べます。
2 統計の対象となる母集団
全ての人を対象に感度、特異度の統計値が作られているわけではありません。対象疾患の患者かもしれないことが疑われる一定の条件を満たす人に対して検査が行なわれた場合の統計値です。そうしないと臨床では意味がありません。但し書き1から日本の判定指標は「四肢の痛みを有する患者」を対象に判定指標を当てはめた場合の統計値であることが分かります。
なお、アメリカの1999年版の判定指標は「神経障害性疼痛を有する人」を対象にした統計です。日本ではCRPSは必ずしも神経損傷を原因としないとして上記の条件としました。但し、日本版では胸部CRPSや背部CRPSが統計から除外される点に問題があります。
このように各国の統計値は基礎となる条件が異なることが多く、単純に比較できないという問題があります。この問題は感度、特異度の数値が出てくる場合に常に存在します。
3 対象患者であるかどうかの判別
感度・特異度の統計値を調べるに当たって、「CRPS患者」の定義をする必要があります。但し書き1によれば、CRPS患者は「1994年の国際疼痛学会(IASP)のCRPS診断基準を満たし、複数の専門医がCRPSと分類することを妥当と判断した患者群」と定義されています。
当たり前のことですが、CRPS患者であるかどうかは判定指標からは導かれません。CRPSかどうかを確定した後の患者の各症状を統計的に処理したものが判定指標の感度、特異度の数値です。
4 どのように使用するのか
以上から、「四肢のいずれかに痛みを訴える患者」についてCRPSかもしれないとの疑いを持った場合に、この判定指標を当てはめてみることになります。
臨床用の判定指標にあてはめて陽性となった場合には、その患者はCRPSである可能性が高いことになります。なお、臨床用判定指標の感度が82.6%であることは、この検査で陽性となった場合にCRPSである可能性が82.6%であることを意味しません。「現実のCRPS患者の82.6%がこの判定指標を満たします」というのが感度の意味です。
陽性となった場合には、CRPSを視野に入れてさらなる検査を行ないます。一方でCRPSではない可能性も視野に入れて、鑑別診断を行ないます。鑑別診断とはその患者がCRPSではないとした場合に候補となる別の疾患との比較検討です。他の候補との比較検討を通して最終的な診断が下されます。
判定指標で陰性となった場合にもCRPSである可能性が残されます。CRPS患者であっても臨床用判定指標を満たすのは82.6%に過ぎず、17.4%は1項目しか満たしません。そこでさらなる検査や鑑別診断を行ないます。
要するに判定指標の結果いかんに関わらず、さらなる検査や鑑別診断を通して最終的な診断を行ないます。CRPSの判定指標は診断の過程の1つに過ぎず、これのみで結論を導く決定的なものではありません。「指標」はあくまでも「指標」であり、参考とする資料の1つでしかありません。
5 よくある誤解
訴訟での加害者側の主張には、「臨床用指標よりも研究用指標の方が正しい診断が得られる。よって、研究用指標を用いるべきである。」というものがあります。もちろん誤りです。
そもそも判定指標はCRPS患者であるかどうかを判断する決定的基準ですらありません。判定指標で陰性となってもCRPSの可能性は残されるため、判定指標に取り上げられていない症状・検査、他の候補との鑑別診断を通して最終的な診断を行ないます。
また、CRPS患者の82.6%が陽性となる臨床用指標に比べて、59%しか陽性とならない研究用指標の方が優れているわけではありません。但し書き2にあるように両者は使用目的が異なるに過ぎません。どちらが優れているというレベルの議論をすること自体が誤りです。
そもそも診断が正しいから症状が認められるという話でもないので、交通事故訴訟でCRPSであるかどうかを議論する意味がある場合は極めて限定されます。即ち、患者の症状を説明できる他の具体的な候補が存在し、その候補となる傷病が事故とは無関係であることを加害者側が主張・立証する過程においてのみ、CRPSとの診断を検討する意味があります。