1 明確な基準はない
他の項目で述べたとおり、『青い本』の見解は平成15年の労災認定基準の改正前の基準に依拠しているため致命的な問題点があります。自賠責の認定は『青い本』の述べている内容に沿うように見えるものもありますが、これに沿わない内容のものも多く見られます。
一般的にも、神経症状(むち打ち損傷等)の後遺障害認定については、実務では明確な基準はないとされています(例えば『交通事故におけるむち打ち損傷問題』第2版181頁)。従って、自賠責の認定実務を全体として観察した結果から、12級と14級の違いが生じるポイントを抽出して検討するほかありません。
2 神経症状の検討事項(12級と14級の区分)
- 12級12号「局部に頑固な神経症状を残すもの」
- 14級9号「局部に神経症状を残すもの」
(区分の対象となる後遺障害等級)
- 12級12号「局部に頑固な神経症状を残すもの」
- 14級9号「局部に神経症状を残すもの」
A 12級は14級より症状が重い
当たり前のことではありますが、12級とされた事案では総じて14級より症状が重い傾向があります。12級とされた事案の中には、本来であれば9級以上にされるべき重い症状の方が少なからず含まれています。
脊髄を圧迫する所見(MRI)
MRIで脊髄が圧迫されている所見が確認された場合には、12級となりやすい傾向があります。一方で、脊髄が圧迫されている所見が確認された場合であっても、経年性の変化の可能性を指摘して14級にとどめる場合もあります。
C:椎間板ヘルニアの度合い
頚椎や腰椎の椎間板ヘルニアには、軽い方から順に①膨隆、②突出、③脱出、④遊離の区分があります。このうち、①で12級とされることはまれです。③の脱出と④の遊離は脊髄を圧迫している場合に12級とされやすい傾向があります。
上記②の突出は12級とされることはまれで、14級若しくは非該当となることが多いという印象です。
D:神経根の圧迫
MRIで神経根を圧迫している所見が確認された場合には12級になりやすいと言えます。
但し、神経根を圧迫しているかどうかは画像から容易に判断できるわけではないようです。MRIの機種による精度の違いや、頸椎MRIか腕神経叢MRI(頸椎のより広い範囲を撮影する)かの違いも影響すると思います。私の経験では10年以上前に比べて最近は神経根の圧迫が確認された事案はかなり少なくなった印象があります。
E:徒手検査の結果
むち打ち損傷の場合には、徒手検査としてジャクソンテストやスパーリングテスト、SLRテスト、徒手筋力検査(MMT)などが行なわれます。
自賠責の認定ではこれらの検査結果に言及することが通常です。12級を認めなかった理由としてこの検査結果をあげるものが多いのですが、実際には12級とするかどうかに関しては画像所見を重視していると考えられます。
F:腱反射テスト、病的反射テスト
むち打ち損傷の場合には深部腱反射(DTR)と膝蓋腱反射(しつがいけんはんしゃ、PTR)の検査が行なわれる事例が多く見られます。
厳密に言うと膝蓋腱反射も深部腱反射の一種ですが、上肢の腱反射をDTR、下肢の腱反射をPTRとカルテに記載している事案は多いです。上肢の腱反射には上腕二頭筋反射、上腕三頭筋反射、腕橈骨筋反射などの区分があるのですが、カルテにDTRと記載されている場合には、実際には何が行なわれたのかはっきりしません。
なお、上肢の反射テストの感度(対象疾患を有する者が陽性となる度合い)は非常に低いので、この検査で陰性とされても診断にはほとんど影響しません。このほかに病的反射テストとしてホフマン反射やトレムナー反射などがありますが、むち打ち損傷でこの検査をしている事案はごく少数です。
自賠責の認定では、12級を否定する場合にその根拠として反射に言及する事案が多く見られます。しかし、反射テストは価値が低いのでこれを重視することは誤りです。自賠責の認定では腕神経叢障害で反射に言及するなど、医学的な意味を理解していないものもしばしばみられます。
G:電気生理学検査
筋電図検査、神経伝導速度検査、体性感覚誘発電位検査などを総称して電気生理学検査といいます。それぞれの検査は検査の対象や検査の意義が異なる全く別個の検査です。
名古屋近辺の医療機関では電気生理学検査の検査結果は全てが英語で書かれています。私はこれまで50通以上を翻訳して訴訟で証拠として提出し、これに基づいて主張するなどしてきました。電気生理学検査に関する専門書も20冊以上持っています。医師であっても専門外の方はこの検査結果の意味を正しく理解するためにはかなりの勉強が必要であると思います。
電気生理学検査で異常が検知されても、自賠責の認定では、その検査の価値を否定するものが多くみられます。また、電気生理学検査について何も知らない人が適当なことを書いているように見える認定文言も多く見られます。
自賠責ではMRIやCTなどの画像所見を重視する傾向がある反面として、それ以外の検査を軽視する傾向があります。電気生理学検査に対しては敵視する傾向さえ見られます。
H 被害者の就労状況、身体障害者の等級認定
被害者の訴える症状が重篤で実際にもそれまで仕事をしていた被害者が仕事を辞めてしまった事案や、被害者が身体障害者の等級認定を受けた事案などでは、自賠責では明言していないものの、このことを考慮して12級としたと思われる事案もあります。
このタイプの事案では被害者の現実の症状は9級以上に相当し、12級とされても被害者の現状に見合わないに合わないものが多く見られます。
I その他の事情
交通事故訴訟では、特定の病名や症状経過の事案では、被害者がいかに重い後遺障害を訴えていてもその後遺障害を認めない結論となる裁判例が多い分野があります。
高次脳機能障害、CRPS(RSD、カウザルギー)、軽度外傷性脳損傷、脳脊髄液減少症、頸椎損傷で事故後に症状が悪化したもの、視神経損傷、腰椎すべり症・分離症、胸郭出口症候群などです。加害者側の医学的主張に対抗できなければ、後遺障害が認められにくい事案です。
このタイプの事案では、被害者の症状が多くの検査により裏付けられていても、自賠責の認定は非常に低いことが通常です。異議申立をしても変わらないことが通常であるため、訴訟で争うしかないというのが実情です。
3 まとめ
以上をまとめると、自賠責の後遺障害認定では画像所見が重視される傾向が強く、むち打ち損傷の事案においても、MRIやCTで脊髄を圧迫する所見が得られなければ12級の認定を受けにくいと言えます。
しかし、むち打ち損傷といっても事案によっては非常に重い症状が出ている方もおられることから、その場合には現実の症状を考慮して本当は9級以上であるのを12級としているように見える事案もあります。
現在では、むち打ち損傷とは頚部を中心とした痛みやしびれとする見方をされやすいのですが、かつてはむち打ち損傷といえば各種の症状があり、非常に重い症状の患者も存在するものとされていました。