後遺障害の等級認定基準については、平成15年に大改正がなされ「他覚的所見」との言葉が一掃されました。従って、現在では被害者の傷病に関する全ての資料を参照して合理的に「被害者の障害の程度」を判断することが求められています。 これに対して、『青い本』は平成15年の大改正の趣旨を根本否定して、被害者の傷病に関する資料のうち他覚的所見のみに着目するべきとの見解を述べています。この見解が弁護士や裁判官のなかでも広く流布しています。しかし、誤りです。
『青い本』の見解とその問題点
『青い本』の見解とその問題点
後遺障害の等級認定基準については、平成15年に大改正がなされ「他覚的所見」との言葉が一掃されました。従って、現在では被害者の傷病に関する全ての資料を参照して合理的に「被害者の障害の程度」を判断することが求められています。 これに対して、『青い本』は平成15年の大改正の趣旨を根本否定して、被害者の傷病に関する資料のうち他覚的所見のみに着目するべきとの見解を述べています。この見解が弁護士や裁判官のなかでも広く流布しています。しかし、誤りです。
自賠責の後遺障害等級12級12号「局部に頑固な神経症状を残すもの」と14級9号(局部に神経症状を残すもの)と非該当を区分する判断基準はいかなるものでしょうか。
この点は「法的根拠のある認定基準は存在するのか?」で述べたとおり、平成15年の労災認定基準の大改正により、労災では資料を限定せずに就労への影響の度合いを判断することにより、実質的に上記の判断がなされます。
これに対して他覚的所見の有無により判断するとの誤った考えも根強く存在します(むしろ一般的に広く流布していると言えるかもしれません)。この誤りは訴訟では加害者側から主張されることが恒例となっています。その背景には、『青い本』の「後遺障害認定実務の問題点」(以下、「問題点」)の存在があります。以下ではその主張を検討します。
『青い本』とは日弁連交通事故相談センターが発行している『交通事故損害額算定基準』です。平成22年1月の22訂版から「問題点」が掲載されています。「問題点」はもともと『青い本』の「自賠責保険請求と後遺障害認定手続の解説」の中で「後遺障害認定実務上の注意点」の項目として記載されていた内容です。この記載が改訂ごとに変遷し、平成22年に「問題点」として独立した記載になり、その後も改訂ごとに細かな変遷を重ねてきました。以下では26訂版をもとに『青い本』の記載を検討します。
★証明と説明の区分論
12級:障害の存在が他覚的に証明できるもの
14級:障害の存在が医学的に説明可能なもの
『青い本』の14級の説明
医学的に説明可能とは、現在存在する症状が、事故により身体に生じた異常によって発生していると説明可能なものをいうことになる。
それゆえ、被害者に存在する異常所見と残存している症状との整合性が必要となる。従って、被害者の訴え(自覚症状)のみでは、
被害者の身体の異常との整合性がないとして等級非該当とされることが多い。
要約すると、以下の3点になります。
★「障害の存在が医学的に説明可能である」の意味
以上のとおり『青い本』は、被害者に異常所見が存在し、それが被害者の訴えと整合している場合に14級になるとします。
『青い本』の12級の説明
他覚的に証明されるか否かは、種々の検査結果をもとに判断するわけであるが、通常行なわれる検査としては、X線、CT、MRI、脳血管撮影などの画像診断、脳波検査、深部腱反射検査(上肢のホフマン、トレムナー、下肢のバビンスキー反射、膝クローヌス、足クローヌスなど)、スパーリングテスト、ジャクソンテスト、筋電図検査、神経伝導速度検査、知覚検査、徒手筋力検査(MMT)筋萎縮検査などが挙げられる。
注意すべきは、他覚的な証明とは、事故により異常が生じ、医学的見地からその異常により現在の障害が発生しているということが、他覚的所見をもとに判断できることである。すなわち、症状の原因が何であるかが証明される場合である。
従って、被害者の訴えている、痛み、しびれ、運動機能の低下等が、被害者の誇張ないしは詐病ではないと見られる場合であっても、医学的な見地から見た場合に証明されたことになるとは限らない。
『青い本』の説明は以上です。要約すると以下の3点になります。
★「障害の存在が他覚的に証明できる」の意味
以上のとおり、『青い本』は他覚的所見により被害者の後遺障害が証明できるか、説明できるかで12級と14級を区分するものと言えます。
『青い本』の見解は告示や通達などの公的なものではなく、『青い本』の編者の私的な意見です。公的見解ではないため『赤い本』(日弁連交通事故相談センター東京支部の『損害賠償額算定基準』)には掲載されていません。
「問題点」は「自賠責保険制度の判断手法を説明する」として、公的な見解とも受け取れる書き方がされていますが、誰がどのような立場と権限で説明するのか、その主語が書かれていません。仮に、後遺障害認定実務に携わっている組織の代表者が(匿名で)表明した見解であるとしても、法的な意味はありません。
自賠法16条の3に基づいた金融庁・国交庁の告示や労災保険関係の通達は、法的根拠のある見解です。これに対して、自賠責の手続を運用する組織の者が「実態はこうなっています」と説明をしても、法的な意味づけは発生しません。「それは法に基づいた告示でやりなさい」というのが自賠法16条の3の趣旨です。
平成15年の後遺障害認定基準の大改正は、後遺障害認定に際して資料の制約をなくして、総合的判断により後遺障害等級を判断するものとしました。
自賠法16条の3により「支払基準」を定めた金融庁と国交省の共同告示では後遺障害の等級認定は労災に準じるとしました。即ち、改正後の労災の認定基準に準じて、自賠責では全ての資料をもとに被害者の労働や日常生活に影響する度合いを総合的に判断することになります。これにより具体的事情に対応した柔軟な判断が可能になります。
ところが、『青い本』は平成15年の大改正の趣旨を根底から否定し、認定のための資料を他覚的所見に限定しています(極度の限定です)。この見解では通院期間、治療内容、仕事や家事への具体的影響、収入の減少などの他覚的所見以外の全ての事情は後遺障害認定で考慮されません。
実際には自賠責の認定実務では、『青い本』の述べるような極端な資料の制約はなく、現実の被害者の就労状況など収集した資料から分かることは全て認定の根拠としていると考えられます。
なお、訴訟での後遺障害認定は、「自賠責の支払基準」の告示に拘束されません(2つの最高裁判例があります)。民事訴訟法の自由心証主義は裁判に表れた全ての証拠を検討することを要請しているところ、事実認定のための資料を制限することはその対極に位置するものです(証拠法定主義、証拠序列主義の否定)。
以上のとおり、『青い本』の見解は、後遺障害認定の資料を他覚的所見に限定している点で際立った異常性があります。この点をひとまず措くとして『青い本』の見解を検討します。
まず、医学的な用法では、他覚的所見とは医師が五感の作用により看取することができた全ての所見を意味します。上記④は全ての検査結果は他覚的所見であることを前提としているので、『青い本』の見解は他覚的所見を正しい意味で用いています。
以上に対して、訴訟では加害者側は「他覚的所見は画像所見のみを意味する」との誤解や「明確な客観的所見が必要である」との誤解に誘導します。これに騙されて「被害者の後遺障害を認定するには明確な客観的所見が必要である。」との誤解に陥っている裁判例は少なくありません。
正しくは、被害者の入通院の状況、就労状況、身体障害者の認定などの全ての事情を総合的に考慮して、「その被害者にどのような後遺障害が残存しているのか(もっとも可能性の高い事情は何か)。」の実質的心証を得た上で事実認定をする必要があります。1つの資料(画像)のみを検討するよりも多数の資料を検討した方が正しい結論を導く可能性は圧倒的に高くなります。
ところが上記の誤りに陥っている裁判例はこの逆の感覚が窺われます。即ち、「多数の選択肢の中から正解を選ぶよりも2つの選択肢から正解を選ぶ方が正解に近づきやすい」との感覚です。この感覚をさらに進めて「選択肢が1つ(画像所見があるかどうか)ならば、絶対に正しい結論が導かれる」と誤解しているようにも見えます。確かに視野を極限まで狭めれば主観的な確信は最大になりますが、正解が導かれる可能性はそれに反比例します。
また、「画像所見は証拠としての価値が高い」などの証拠の序列付けは誤りです。証拠の価値はその証拠を検討した結果得られるものであって、特定の証拠を重視することや、必須とすることは自由心証主義に反します。
誤った方法を採用してしまうと、「被害者にどのような後遺障害が残存しているかどうかはおくとして、客観的所見(画像所見)の裏づけがない以上12級には認定できない。」として実質的心証が空洞化します。加害者側はこの誤りにより裁判官が空っぽの心証のまま結論を導く(騙されて完落ちの状態で判決を書く)ように誘導します。私がブログで検討してきた裁判例では、この誤りに誘導されているものはその先でも多くの誤りを述べていることが多いです。
『青い本』の見解は「他覚的所見による証明(12級)」と「異常所見による説明(14級)」を区分しています。これがいわゆる「証明と説明の区分論」です。『青い本』は「異常所見」と「他覚的所見」を定義しないまま用いていますが、医学的には「異常所見」も「他覚的所見」に含まれるため、これを区別するかのような『青い本』の見解は用語の使用法に難点があります。
そもそも「他覚的所見」と「異常所見」を区別できるのかという問題があります。『青い本』は12級のところで全ての検査所見が他覚的所見に該当する前提で述べている(正しい用語法である)ため、『青い本』の見解内部でも矛盾が存在します。
一方で、他覚的所見と異常所見の区分をなくして、たんに証明と説明の違いだけであるとすると、その違いが極めてあいまいであるため、「証明と説明の二分論」の骨格が崩壊してしまいます。なお、平成15年改正前の認定基準は区分論を採用しておらず、区分論は『青い本』の創作です。
平成15年の改正後に残された「異常所見」との文言の意味は、前後の文脈からは「他覚的所見のうち正常ではない状況をあらわすもの」と理解できます。この点でも『青い本』の見解には問題があります。現実には自賠責の認定実務では、他覚的所見と異常所見を区別しないものがほとんどです。区別できないことがその原因であると考えられます。
『青い本』が主張する上記⑥の詐病ではないと判断できるだけでは足りないとの部分にも、問題があります。
この一般論をそのまま用いると、例えば交通事故により救急搬送された被害者が遷延性意識障害(いわゆる植物状態)に陥った場合において、「被害者の意識が回復しない原因」を医学的に証明できないときには、被害者には何らの後遺障害もないことになります。これは著しく常識に反します。
医学的にメカニズムが解明されなければ、詐病ではないことが明らかであっても後遺障害と認めない(事故との因果関係を認めない)とする考えは、上記の一連の最高裁判決の準則にも反します。詐病ではないと判断できるとは、症状が現に存在すると判断できることであり、この状況において症状の存在を認めないことは、明らかな誤りです。
最高裁判例の判断枠組では、症状(後遺障害)が存在するかどうかをまずもって確認し、症状が存在する場合には、その症状を生じさせた事故以外の具体的な他原因が存在することを加害者側が主張・立証するべきことになります。
平成15年の改正後の労災の基準では、現実の就労状況、入通院の経過、治療内容、症状固定後の入通院の有無、日常生活の状況などの全ての事情を総合して、「現実の被害者の状況はどのようなものか」について相当程度に具体的な心証が形成でき、その心証に従った後遺障害認定が行なわれることになります。
これに対して、『青い本』の証明と説明の二分論は、被害者の症状の重症度とは無関係に、それが「証明されたのか」、「説明されたのか」で区分されるため、症状の度合いに応じた区分になる方向性がありません。しかも資料を他覚的所見に限定している(極度の証拠制限)ため、実質的な判断ができません。このため「被害者に現実にどのような症状が残存しているのかはおくとして、他覚的所見による証明はなされていない」との形で実質的心証が空洞化します。
平成15年の改正後の認定基準によれば、労災や自賠責では後遺障害に関係する全ての資料を採用してよいのに対して、『青い本』の見解はそのなかの「他覚的所見」のみを根拠にできるとしているため、実質的心証を形成できないのです。
青い本の見解を取り入れてこの誤りに陥った裁判例は多くみられます。それらの裁判例に共通するのは、「被害者にどのような後遺障害が存在するのかはおくとして、それは他覚的所見により証明されていない」との理屈による実質的心証の空洞化です。
正しい方法では、「被害者にはこのような症状が残存しているであろう」との実質的心証を形成することが訴訟での中心的な課題となるため、この心証が形成されないことはあり得ません。ところが、誤った基準を「完落ち」の状態で妄信してしまうと、上記のあり得ない誤りに陥ってしまうのです。
以上に述べた内容とは全く異なり、「自賠責では12級と14級を区分する具体的基準は定められていない」との趣旨を述べる著書も散見されます。この考えでは自賠法16条の3より制定された告示に不足がある(違法状態である)ことになります。
法の建前では労災の認定基準は実務の指針になりうる程度の具体性があり、自賠責は告示により労災の基準を準用します。この法構造に整合させるべく解釈をすることが穏当です。どうしてもその解釈ができない場合にのみ「具体的な認定基準は存在しない(立法に不備があり違法状態である)」との結論を導くべきです。
具体的な認定基準の有無を判断するためには、前回の項目で述べたように労災の認定基準の文言の解釈と改正経過の検討により、具体的な基準を読み込んでいく必要があります。
なお、「問題点」は労災の認定基準の文言を解釈する構造となっていないため、労災の認定基準の解釈を述べるものと考えることは困難です。また、労災の認定基準を解釈するに当たっては、平成15年の大改正を検討することは不可欠です。この点でも「問題点」には致命的な欠落があります。
(上記内容は2019年6月13日に私のブログに掲載したものと同じです)
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