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平成15年の認定基準の大改正

要約

 後遺障害等級の認定基準については、平成15年の大改正前に多用されていた「他覚的(所見)」という言葉が同年の大改正により一掃されたため、自賠責でも訴訟でも他覚的所見を重視する根拠がなくなりました。
 それにも関わらず、12級以上とするためには「他覚的所見が必要である」とする誤った考えが広く流布しています。


1 平成15年改正前の労災保険での後遺障害認定基準

 平成15年8月8日の通達(基発0808002号)で労災保険の後遺障害認定基準の大改正がなされる以前は、現在とは全く異なる基準が存在しました。 それが現在の認定実務に少なからぬ影響を与えています。
 そこで、以下では、平成15年改正前の労災保険の認定基準を引用します。改正前は現在と項目の設定自体が大幅に異なります。注目するべき表現を太字にします。

(原則的基準・平成15年改正前)

(後遺障害認定基準)(原則)
<神経系統の機能又は精神の障害>
12級:他覚的に神経系統の障害が証明されるもの
14級:12級より軽度のもの


(個別的基準。12級と14級に関係するもの)

(中枢神経系(脳)の障害)
12級の12:労働には通常差し支えないが、医学的に証明しうる神経系統の機能又は精神の障害を残すもの
 中枢神経系の障害であって、たとえば、感覚障害、錐体路症状及び錐体路外症状を伴わない経度の麻痺、気脳撮影その他他覚的所見により証明される軽度の脳萎縮、脳波の軽度の異常所見等を残しているものが、これに該当する。
 なお、自覚症状が軽い場合であっても、これらの異常所見が認められるものは、これに該当する

14級の9:労働には通常差し支えないが、医学的に可能な神経系統又は精神の障害に係る所見があると認められるもの
 医学的に証明しうる精神神経学的症状は明らかではないが、頭痛、めまい、疲労感などの自覚症状が単なる故意の誇張ではないと医学的に推定されるものが、これに該当する。

(せき髄の障害)
12級の12:労働には通常差し支えないが。医学的に証明しうるせき髄症状を残すもの

(頭痛)
12級の12:労働には通常差し支えないが、時には労働に差し支える程度の強い頭痛がおこるもの
14級の9:労働には差し支えないが、頭痛が頻回に発現しやすくなったもの

(失調、めまい及び平衡機能障害)
12級12:労働には通常差し支えないが、眼振その他平衡機能検査の結果に異常所見が認められるもの
14級の9:めまいの自覚症状はあるが、他覚的には眼振その他平衡機能検査の結果に異常所見が認められないもので単なる故意の誇張ではないと医学的に推定されるもの

(受傷部位の疼痛)
12級の12:労働には通常差し支えないが、時には強度の疼痛のためある程度差し支える場合があるもの
14級の9:労働には差し支えないが、受傷部位にほとんど常時疼痛を残すもの

(疼痛以外の感覚障害)
神経損傷により疼痛以外の異常感覚(蟻走感、感覚脱失等)が発現した場合は、その範囲が広いものに限り、14級の9に認定することとなる。 (外傷性神経症)(災害神経症) 外傷又は精神的外傷ともいうべき災害に起因するいわゆる心因反応であって、精神医学的治療をもってしても治ゆしなかったものについては、14級の9に認定することとなる。


2 平成15年の大改正の意義


  1.  上記のとおり平成15年以前には原則的基準の部分で「他覚的に神経系統の障害が証明されるもの」との表現を用いています。これが他覚的所見の意味についての議論を生み出しました。
     正しい理解では、「他覚的所見」とは医師が五感の作用により獲得することのできた全ての所見を意味します。各種の検査所見や視診、触診、聴診などにより得た所見や可動域検査の結果なども当然に他覚的所見となります。労災では改正前もこの定義を用いていたと考えられます。
     ところが、平成15年以前は、訴訟では加害者側は「他覚的所見」を画像所見等に限定すべく誤った主張することが恒例でした。平成15年の改正により「認定基準」から他覚的所見という言葉が一掃されたので、この主張は無意味になりましたが、いまだにこの種の主張は散見されます。
     厳密にいうと、「認定基準」からは他覚的所見の言葉は消えたものの、「認定基準の解説文」のうち、わずかに高次脳機能障害の14級の9の説明の部分と末梢神経障害の頭痛の説明文にのみ他覚的所見という言葉が残っています(通達とこれを引用した『必携』にその文言があります)。

  2.  平成15年の大改正により「認定基準」から「他覚的所見」の文言が一掃されたため、労災では他覚的所見のみならず、収集した全ての資料を総合的に検討して、労働への影響の度合いを検討することになりました。
     現実の就労に影響する度合いは産業医による就労制限の指示書などから具体的に認定することができます。被災者本人の訴えや就労実態(就業環境の変更や賃金低下など)の調査結果も後遺障害認定で考慮されます。もちろん、被災者の通院期間(長期間かどうか)、治療内容、症状固定後の治療状況などの事情も全て考慮でき、考慮しなければなりません。
     後遺障害認定のための資料の大部分は他覚的所見以外の資料であるにも関わらず、改正前の認定基準を厳密に解釈すると、これらの資料は後遺障害認定に用いることができませんでした。

 上記の「保険会社」とは「責任保険の保険者」(自賠法6条1項)、すなわち自賠責保険を引き受けている損保です。損保が自賠責の保険金を支払うに当たっては支払基準に従うものとして、その支払基準の制定を行政に委任しました。
 支払基準の制定を行政に委任したのは、専門的な分野についての細かなことを法律で定めることは適切ではない からです。また、法律で定めると細かな改正のためにいちいち法律改正の手続が必要になります。 この「支払基準」は、自賠責で支払われる全ての保険金の算定根拠になるので、後遺障害の認定基準も含みます。
 法律の委任に基づいて行政が制定する構造(委任立法)からは、「支払基準」は法律レベルの問題です(通達より上位)。但し、「支払基準」は自賠責の手続でのみ拘束力があります。当事者が自賠責に対して保険金を請求する訴訟の中でさえ裁判所は「支払基準」に拘束されません(最高裁平成18年3月30日判決、最高裁平成24年10月11日判決)。


3 『青い本』の問題点

 以上に対して、『青い本』の「後遺障害認定実務の問題点」(平成22年の22訂版から掲載されている文章)は、平成15年の大改正により消え去った改正前の認定基準の文言を多用しています。しかも、改正前の認定基準をもとにして医学的資料のうちの他覚的所見のみを資料とする制限を述べています。このため『青い本』の見解は平成15年の大改正の趣旨を根底から否定する誤った内容となっています。
 なぜ、このような不可解な事態が生じたのでしょうか。その原因として、平成15年の労災の後遺障害認定基準の大改正の意義が弁護士の間でさえもほとんど理解されていないという実態があります。平成15年の大改正により12級や14級の認定基準がどのように変わったのかを解説した書籍も見当たりません。平成15年頃に弁護士会で認定基準の改正を解説した研修が行なわれたこともありません。 後遺障害認定基準の重要部分の大改正があまりにも不自然なほどに、見過ごされてきたというのが、私の実感です。
 このように大改正の意義が検討されない状況が続いていたところ、改正前から『青い本』に掲載されていた「自賠責保険請求と後遺障害認定手続の解説」という文章の中にあった「後遺障害認定実務の問題点」が、改正の7年後(平成22年)に独立の文章として掲載されて改正の意義を根底から否定する内容を述べています。
 次項では『青い本』の「後遺障害認定実務の問題点」について詳しく述べます。
(上記内容は2018年8月7日に私のブログに掲載したものと同じです)


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