弁護士による交通事故ブログ (転載禁止)

CRPS(複合性局所疼痛症候群)の裁判例の実情等

CRPSとは?

 CRPSとは、complex regional pain syndrome(複合性局所疼痛症候群)の略で、かつてはRSD(反射性交感神経性ジストロフィー)や カウザルギーとも呼ばれてきた傷病です。
 もともとはアメリカの南北戦争で(神経に)銃創を受けた負傷兵が灼熱痛などの症状から上肢拘縮などの重い後遺障害に至るものが カウザルギーと命名されたのが始まりです。のちに症状の範囲や程度によりメジャーカウザルギーやマイナーカウザルギーともされました。 特に肩から手指の関節が拘縮(全く動かない状況)に至るものは肩手症とも呼ばれ、これらに骨萎縮が加わる症例はシュデック(Sudeck) 症候群やシュデック骨萎縮とも呼ばれました。
 これらの各症状に交感神経が関与しているとして1946年にエバンズ(Evans)はRSD(反射性交感神経性ジストロフィー)と命名しました。この時点ではRSDはカウザルギーを含む全体を意味するものとして命名されたのですが、臨床の現場ではカウザルギーはRSDよりも重い症状に対して用いられることが多く、混乱がありました。
 その後、症状の発生や経過に必ずしも交感神経が関与しているわけではないことが判明し、1994年に国際疼痛学会(IASP)でこれらを統合してCRPS(複合性局所疼痛症候群)として用語を統一しました。
 このうち明らかな神経損傷がないものをCRPSタイプ1(それ以前RSD・反射性交感神経性ジストロフィーを含む)とし、明らかな神経損傷があるものをCRPSタイプ2(それ以前のカウザルギーを含む)としました。 明らかな神経損傷の有無によるタイプ分けはカウザルギーがより重い症状とされてきた歴史の反映ですが、実際にはタイプ1とタイプ2で症状等に異なる点は ないとされています。
 なお、労災の手続では現在もRSDやカウザルギーという用語が用いられています。


どのような疾患なのですか?

 一口で説明するのは困難です。CRPS(複合性局所疼痛症候群)とされたのは、複雑な要因がからんでいるからです。ペインクリニック治療指針改訂第6版(2019年)では「一つの疾患というよりはむしろ病態と呼ぶべきである」とされています。つまり、疾患としてのメカニズムがよく分かっていないため「たいていはこのような原因でこのような症状を生じるのがCRPSです。」という病態からのイメージ的な説明しかできないのが原状です。
 例えば「原因となる傷害と不釣合いな強い持続痛、アロディニア(触れただけでも痛い)、痛覚過敏があり、病期のいずれかの時期において、 疼痛部位に浮腫、皮膚血流の変化、発汗異常のいずれかが存在する症候群で、病態を説明できるほかの器質的原因がないこと」が1994年の診断基準で示されました。実際は上記以外にも様々な症状が生じる患者もいますが、最大公約数的な形で述べれば上記のような患者が多いという説明です。
 生じる症状も患者ごとに様々で、疼痛、皮膚色の変化、皮膚温の変化、動きの制限(可動域制限)、動きによる悪化、浮腫(はれ)、知覚過敏、痛覚過敏、振戦(ふるえ)、不随意痙縮、筋痙攣、不全麻痺、皮膚の萎縮、爪の萎縮、筋肉の萎縮、骨の萎縮、発汗過多、毛髪の発育の変化、爪の発育の変化などの症状が生じるとの臨床報告があります。 全ての患者に必ず生じる症状は1つもないことは世界中の医師の間に異論はありません。これは国際疼痛学会や日本の診断基準(判定指標)からも明らかです。


交通事故で生じるCRPSの症状

 交通事故では上肢のCRPSを生じる事案、下肢のCRPSを生じる事案、両者が合併した事案が9割以上を占めますか、それ以外にも胸部や背中にCRPSが生じる事案もあります。
 上肢CRPSは以下のイメージに沿う事案が比較的多いです(例外も少なくないですが)。まず、事故直後にはむち打ち損傷のような痛みが生じて頚部から肩部、上腕部にかけて強い痛みが生じます。痛みがとても強いので自分では腕を動かすことがほとんどできません。痛みについては事案により強い痛み、灼熱痛(焼けるような痛み)、アロディニア(触るだけでも痛い)、知覚過敏、知覚鈍麻などと説明されます。当初は痛みが強くなくとも事故後1~2週間後に痛みが増悪する場合もあります。
 被害者は痛みを抑えるための治療を続けますが、痛みは治まりません。痛み止めの飲み薬はほとんど効果がありません。痛み止めの注射も全く効果がないか、効果があっても数日のみです。とにかく痛みが全く治まりません。腕を動かすと痛みが生じるため腕を動かさない日々が続き、気付くと医師(他者)が力を入れても腕が動かせる範囲が狭くなっています(可動域制限)。被害者は痛みを我慢して医師に検査をしてもらって上肢の可動域制限気付きます。そのほか、筋力、握力も低下していきます。
 この状態でも強い痛みが続くため、痛み止めの治療が続けられます。この時点で症状固定になった被害者は、首から上肢にかけての痛みと肩関節が水平より上に挙げられないという可動域制限が後遺障害とされます。労災の手続では1年半で症状固定となる事が多く、症状悪化中に症状固定となる被害者も少なくないです。労災ではアフターケア制度で症状固定後も治療が続けられますが、治療内容はかなり制限されます。自賠責でも症状悪化中に早期に症状固定となる事案も多いです。
 この時点で症状固定となった場合にはCRPSとの診断ではなく、胸郭出口症候群の診断を受けていることも少なくありません。胸郭出口症候群で上肢に痛み、しびれ、脱力、可動域制限が出ているとの診断です。
 さらに症状が進行すると、上肢が全く動かせない関節拘縮の状況に至ります。肩、肘、手の関節の可動域がゼロになるか、ゼロに近くなります。
 下肢のCRPSでは、下肢が痛みのために歩行困難ないし歩行不能となり、痛みが続けば、股関節、膝関節などに可動域制限が出現します。


自賠責保険の後遺障害等級認定

 判例集で確認できる事案や私の経験した事案では、どれほど重い後遺障害が残っていても、自賠責では12級が上限で、12級を超える後遺障害が認定されることは極めてまれです。片側の上肢が完全に動かず、歩行不可能な非常に重い後遺障害(4級以上のレベル)の方が自賠責で非該当(後遺障害なし)となることもあります。
 判例集では平成15年以降の100件以上の事案のうち自賠責で12級を超えるとされたのは2件のみです。とにかく被害者の後遺障害の重さに全く見合わない非常に低い後遺障害等級または非該当とされることに自賠責の特徴があります。これは明らかに自賠責が機能不全を起こしています。


RSDの3要件

 自賠責でこのような低い後遺障害等級とされている原因は、どこにあるのでしょうか。それは平成15年8月8日の通達(基発第0808002号)に原因があります。
 この通達では、「反射性交感神経性ジストロフィー(RSD)については、①関節拘縮、②骨の萎縮、③皮膚の変化(皮膚温の変化、皮膚の萎縮)という慢性期の主要な3つのいずれもの症状も健側と比較して明らかに認められる場合に限り、カウザルギーと同様の基準により、それぞれ第7級の3、第9級の7の2、第12級の12に認定する」とされました。
 なお、CRPS患者に必須の症状は1つもないことは世界中の医学者が認める基本的常識です。CRPSに必須の症状を要求することは誤りです。 しかも必須の症状を3つも要求することはあまりにも酷い誤りです。現実のCRPS患者のほぼ全員が上記の「RSDの3要件」を満たしません。 これによりほぼ全ての被害者がその実態に見合わない非常に低い後遺障害とされることは極めて不合理なことです。これは薬剤エイズ事件や薬剤肝炎事件をはるかに上回る厚生労働省の誤りであると思います。


自賠責の実務の実情

 平成15年の通達以降は交通事故後にCRPSの症状が生じた被害者は、全てRSDの3要件が適用され、被害者の現状に見合わない非常に低い後遺障害等級とされることとなりました。  即ち、CRPSの事案はカウザルギーと診断されたものを含めて全て「RSDの3要件」が適用され、ほぼ全てがこの要件を満たさないとされる実務が定着しました。その結果、ほとんどの被害者は12級より低い等級即ち、14級もしくは非該当とされることとなりました。まれに14級を超える等級となる被害者もいますが、12級を越える等級となる被害者はさらにまれです。


訴訟での現状

 平成15年制定された「RSDの3要件」が適用された事件では、非常に低い後遺障害等級もしくは非該当とされ、訴訟で多くが争われましたが、圧倒的大多数は被害者敗訴の結論となっています。被害者側勝訴はごくわずかです。 ホームページで交通事故の宣伝を大々的にしている法律事務所でもこの現状は代わりません。
 訴訟では加害者(損保)側から医学意見書が出され、被害者の後遺障害を全否定する理屈が多数繰り出されることが恒常化しており、裁判官が入れ食い状態でこれに騙されているというのが実情です。


当事務所の成果

 当事務所では令和2年までにCRPSの訴訟案件を4件受任し、そのうち3件で勝訴判決(勝訴和解)を得ています。うち1件は請求額全額(9000万円)での勝訴和解です。他の1件は普通の勝訴判決で、残りの1件は被害者側敗訴事件に比べると格段に高額な賠償金となりましたが、被害者の実態から見ると不十分なものでした。
 敗訴となった1件は重い後遺障害の事案ではなく、症状の範囲も手首近辺に限定されていた上に、被害者側にも不利な事情があり、裁判官は損保寄りとして有名な方でした。その結果、私の主張はほぼ全て無視され(判決に引用されず)敗訴となりました。
 なお「被害者に不利な事情」とは被害者にうつ病での休職歴や職を転々としているもしくは事故時は休職中であったとの事情を言います。これらの事情は事故とは関係しませんが、裁判官の多くは一般人よりも非常に重くこれらの事情を被害者に不利に考慮しているのが裁判での実態です。裁判官は一般人よりも先入観が強く差別意識も強い人が多いと思います。
 CRPSの事案では、ほぼ例外なく被害者の後遺障害を全否定する医学意見書が出されます。加害者側は後遺障害を否定するためにあの手この手で多くの誤った又は根拠薄弱な医学的知見や騙しの理屈を述べてきます。これに反論するためかなりの医学的な知識や経験が必要です。これについて私はブログでCRPSに関連する約40件裁判例の解説を述べてきました。
 また、損保側の医学意見書が用いる理屈に対抗するためには、相応の経験が必要です。ほぼ全ての裁判官が入れ食い状態でこれに騙されているのが現状ですので、過去に何回も騙された経験のある裁判官の脱洗脳には非常に難しいものがあります。3件の勝訴案件も高裁でやっと勝訴したというのが現状です。


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